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2010.06.09

架線柱の歴史

鉄道模型の話を始めたので、連続で行く。
(銀塩の撮影結果もそれなりに溜まっているのだが)
今回は、架線柱の話である。

Romenn1_20100609
 まずは長尾軌道の現在の姿

なにせ15年の期間があるのであるから、架線柱も運用結果を反映して
どんどんと変化している。

Romenn2_20100609
 県道線がほぼ完成した1996.4.27のときの写真

長尾軌道県道線を製作したときには、架線も架線柱もまだまだ実験段階の
ものであった。
ゆえに、形態的にも強度の上でも問題があった。

Romenn3_20100609
 我が家の架線柱進化?の歴史。過去のものを、検証用に残してある。

画像の一番手前のものが初期の架線柱である。
前年に路面電車のレイアウトを企画した段階では、架線柱は上から木ネジ
で止める形式であった。
しかし、それでは以下の点で問題があることが判った。
 ・ともかく見た目が悪い
 ・木ネジ(2本)で止めると、角度(架線)の調整が出来ない
そのため、3.0φの真鍮丸棒をダイスでネジ切りして使うこととした。
これで問題が解決した・・・と思ったのだが、真鍮板(0.6t)を穴を開けて単純に
ハンダ付けしただけのものでは、ナットを締めていくと外れてしまうのだ。
また、ブラケット部分も単純に曲げただけの形ではあまりにシンプルで
あまりに幼稚?な感じであった。
そのような訳で、奥に向かって順に形態が変化していく。

Romenn4_20100609
 現在の県道線の架線柱。 シンプルカテナリにも対応したものだ。

上記のような問題があったため、固定部分は4.0φのパイプを付けて
ナット締めのための強化を行った。
架線を固定する部分についても、それなりに実物を意識した形にしてある。
シンプルカテナリ、メッセンジャーを張るための金具も装備済みだ。
これらの変更は、1996年着工の寺町線のために開発したもののフィードバック
したものである。
日々進歩していったのである。

Romenn5_20100609
 さらに新型の瑞穂線の架線柱

瑞穂線は2002.4.14に完成している。
架線柱についてもさらに形態・機能ともに改善されているが、特に台座部分が
真鍮線によりすっきりとした形態に改善されている。

最期の瑞穂線からも8年が経過している。
今度作るものは、さらに架線も架線柱も改善しなくては問題である。

Romenn6_20100609
 私にしては珍しく、実物の架線・架線柱を見て研究中。

私も少しは大人になった。
ある方のブログを読んで反省したのだが「実物を知らない人が作った模型は
なにかどこかがおかしくなる」と書かれていた。
私は、県道線に始る架線・架線柱を開発する段階で、あまり実物を研究
しないで工作をしていた。
ゆえに、あちこち迷ってモノを作っていたように思う。

ということで、実物を研究している。
実地検証を元に、図などを用意中である。
少しだけ期待して欲しい。

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