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2013年7月7日 - 2013年7月13日

2013.07.13

超ミニスピカーを試す

猛暑である。

少し前のコメントで秋月電気のスピーカーとモータの話があった。
それを試すために、秋月まで行ったのだが・・・無かった(ご~ん)
どうやら、通販で買うもののようだ。

その代わりに、ラジオデパートで「超ミニスピーカー」なるものを発見した。

Sat1_20130713
 9mm径の小型スピーカーでサウンドを試す。

さてはて、どのくらいの性能なのか?
9mm径のスピーカーが使えれば、ナローの車両のサウンド化が大きく
進むことになる!

さっそくテスト。
結果は「う~ん、聞こえない(ご、ご~ん)」
どうやら、もうちょっとパワーのあるアンプで鳴らさないとダメなようである。

ということで、DCCサウンドには使えないことが判った。

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2013.07.11

模型用液体クラッチ気動車の走行テスト

やはり猛暑である。
ともかく暑い!

液体クラッチ搭載のキハ17の走行テストを行う・・のだが、暑かった。

Wed3_20130710
 単行での走行開始!

Wed6_20130710
 単行なら2%勾配も楽々

単行での走行テストは、平坦地は7V、2%勾配では9Vであった。
勾配途中からの起動も9Vで可能であった。
ちなみに、モータはキドマイティである。

Wed5_20130710
 +100gのトレーラー牽引

トレーラーを追加すると、平坦地は7Vで良いのだが、勾配では12Vくらいを必要と
した。
勾配途中からの引出しは15V(!)であった。

Wed4_20130710
 +200gのトレーラー牽引 

+200gのトレーラー、つまり「もう1両牽引」である。
結果としては、平坦地で9V、勾配部は12Vであった。
勾配については、平坦線から勢いをつけて行けば問題ないのだが、
途中からの引出しはダメであった。

考えてみると、液体クラッチの動力装置は「自分が動くのに十分」という
ものであるから、トレーラー牽引が難しいのは当たり前か?

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2013.07.10

頑住吉氏のボーチャートピストル

実をいうと、私はその時代の氏のホビージャパン誌での活動を知らないのだが、
最近になって、坂本竜馬の拳銃=>日本軍の拳銃の不思議を調べていると
氏の作成した型取りして量産した製品が出てくるので「世の中には凄いことを
する人がいるんだな」と思っていた。

キャスティングでパーツを量産することは、鉄道模型でもやることだが、モデルガン
はそれなりの大きさがあるし、実物の制約があるので抜きが難しい、ましてや
量産向きのものではないから、その苦労に尊敬の念を感じた。

それはともかく、オークションで探し物を落札するついでに、ふと入札したところ
このような大物を落札してしまった。

Borchart28_20130709
 ボーチャートピストル、ストック付

元々数が少ないうえに、'90年代の製品なので、入手出来たのは驚きである。

Borchart30_20130709
 これだけの大きさのものをキャストで作るのは驚き

形の複雑さもあるが、この大きさをキャストで作るのは勇気がいることだ。
引きも出るし、経年で変形することもあるからである。
今回入手したものは、スライド部が少し曲がってはいたが、他の部分は
しっかりとしていた。
これは一種の「キャスト製品の耐久性確認」にも役に立ったことになる。

Borchart29_20130709
 形態については、21世紀の製品と互角か?

Borchart31_20130709
 ストックを付けた姿は立派!

キャストで作ったものなので、厳密なモデルガンとは言えないものの、こうして
ストックを付けて眺めたり構えたりすると結構いい感じである。

Borchart32_20130709
 以前入手した26年式と

氏の製品は、キャスト製品の一応の耐久性を証明して、現代でも「よく出来て
いるな」と感心することが出来る。
私とは違うジャンルのモデラーの方の製品を堪能出来るのは楽しい。

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2013.07.09

模型用液体クラッチ(ボギー車に搭載)

梅雨が明けたかと思うとすぐに猛暑である。
なにしろ、工作室は冷房がないので、これからの工作が辛い。

さて、いよいよ液体クラッチのユニットをボギー車に搭載する。

Tue3_20130709
 「鉄板」のエンドウキハ17に液体クラッチのユニットを搭載

Tue8_20130709
 単軸用のギアユニットは、トルクに耐えるように前車軸に板を渡している

液体クラッチ+モータは既にユニット化していたので、床板を加工して
取りつけるだけである。
むしろ、「台車にギアユニット付単軸を入れればよいだろう」と、たかをくくって
いたものが、実際には軸トルクで暴れまくってしまうので、なんだかんだと工夫
した結果、前軸に板を渡してトルクを吸収するようにした。
初めてやることは、結構こういう試行錯誤に時間がかかる。

Tue5_20130709
 シャフトの長さも調整する

ギアボックスが長く車体中央に出っ張るので、シャフトの長さをどれくらい?
にするかが難しかった。
結局、走行テストを行いながら、+5mmすることになった。

Tue6_20130709
 「いかにも液体クラッチ車の発進」になるように車重も調整

さらに、モーターだけ回転=>回転が上がるとヌルっと走り出す、という
感覚を表現するため、車重を調整する。
結局、282g=>261gになった。
さらに、トレーラーのキハ16(この車両も「鉄板」)も199gにして、台車も調整
して転がりを良くしている。

Tue7_20130709
 R550で走行テスト、いかにも液体クラッチ気動車の走りが楽しい

モータだけ回転して(その音が結構エンジンっぽい)、やがてヌルっと走り出し、
トレーラーを牽かせるとまた走行状態によりモータ音が変化して・・・と
「走りを楽しめる」動力装置を堪能出来る。

TMSも’80年代くらいまでは、こうした「鉄道模型らしい動力装置」の記事が
あったものだが・・・
まあ、楽しいので、さらにあれこれ工夫してみよう。

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2013.07.07

幕末の出来事とコルトの関係

NHKの2013年の大河ドラマ「八重の桜」も、前半の戊辰戦争の話が
佳境に入った。
その前から気になっていたのだが、山本八重の使ったスナイドル銃なのだが、
購入のエピソードの「どうしてドイツ人の商人から」というのを見て、
「そういえば、戊辰戦争(1868-69)に、米国の南北戦争(1861-65)の
余剰銃があまり見られないのはなぜか?」という疑問が出てきた。

それで思い出したのが「昔、コルトの本を買ったような?」である。
本棚から発掘されたのが「別冊GUN コルトのすべて(国際出版発行)」
である。

Coltgun2_20130706

この本をしみじみと読んでみると、なかなか面白いことが判ってくる。
幕末の日本における拳銃は、中国・ロシア向けにS&Wが輸出していた
ものの一部が入って来たNo.1フレームと2フレームが有名である。
そう「坂本竜馬が持っていた」拳銃である。
コルトの拳銃は日本の幕末の歴史に何も関係していないのだろうか?

21世紀になって良かったこと(?)は、コルトのその時代の製品の
モデルガンを手に取って味わうことが出来るという幸福もあるので
地味に歴史的年表との関係も調べてみた。

Coltgun1_20130706
 下からパターソン(1836)ウォーカー(1847)M1851NAVY(1850-73)

ここで、サミュエル・コルトの話を少し。

サミュエル・コルトは、1814年にハートフォードで生まれた。
いろいろとあって、16才のとき(1830)に世界を見るために船員に
なったのだが、その船の上で思いついたパーカッション式のリボルバーの
1835年に英国、フランスで特許を取得。
それを背景に米国でも特許を取得。
その間、試作してきたものを1836年に本格的な製品にするのである。

という「超省略型前提知識」を元に、各モデルと時代背景に入る。

1.パターソンモデル(1836-41)

Coltgun3_20130706

当時の米国で工業化が進んでいたパターソンにおいて製造されたのが
コルト初の量産モデルのパターソン・モデルである。
ハートフォード(紛らわしいがこれは現代のメーカー名(笑))の
製品は、No.1~5までのモデルの5(36口径)を製品にしている。
手に取ってみると小柄で携帯性の良さを感じる。
大柄で単発のパーカッションの拳銃が主流の中で、5連発のこの
銃は威力を発揮したことだろう。
歴史背景:
 1836年(米)アラモ砦の戦い=>テキサスが独立
    (独)ドライゼ銃(近代的ボルトアクションライフル)
 1837年(日)大塩平八郎の乱
 1842年(米)パテントアームズ社倒産
時代背景的には、コルトの商品は有益なものであったはずだが、
受け入れられるまでに時間がかかったのか?放漫経営か?で
倒産してしまった。
その頃の日本は、大きな出来事は大塩平八郎の乱くらいで、まだ
海外からの圧力はこれから?という状態であった。

2.ウォーカーモデル(1847)

Coltgun4_20130706

コルトそのものは倒産してしまったが、製品はしっかりと受け入れ
られて、特にその後も戦乱が続くテキサスにおいて成果を上げた。
結果、1846年にウォーカー大尉からの申し入れを受け、威力のある
44口径の「コルト史上最大の拳銃」であるウォーカー・モデルが
軍用に1000丁、民間向けに100丁生産された。
ハートフォードの製品化したウォーカーを見ると「デ、デカ!」と
驚き、プラ製であるにもかかわらずズッシリと重い。
実物は2kgもあるとのことであるが、これを2丁持って戦場に行った
ウォーカー大尉はズッシリとくるこの銃に満足を感じたのだろうか?
(ちなみに、そのときの戦闘でウォーカー大尉は戦死)
歴史背景:
 1846年(日)黒船が浦賀に来航
    (米)米墨戦争勃発
テキサス独立に続き、メキシコと西海岸側の州の独立を巡る戦争は
1848年まで続く。
時代背景的には、強力な打撃力のある火器を要求していた。
そして、西海岸側を手中にすることにより、米国はいよいよアジア
への進出を開始する。
西海岸への白人の進出は、現地のアーリー・アメリカンとの衝突を
生み、火器の需要はますます高まっていくことになる。

3.M1851NAVY(1850-1873)

Coltgun5_20130706

あまりにデカく重いウォーカー・モデルを改良したドラグーン、
そしてこの手の製品では一番売れた1849ポケットを経て、
M1851NAVYが登場する。
NAVYは海軍というより、36口径を意味するようになり、
44口径はARMYと呼称されるようになった。
この製品はCAWのもので、手に取ってみるとかなりすっきりと
していて、なるほど「これなら安心だ」という気持ちになる
拳銃ではある。
歴史背景
 1853年(日)黒船来航、開港を迫る
 1854年(日)日米和親条約
 1857年(英)セポイの乱
 1858年(日)日米修好通商条約
    (日)安政の大獄
 1860年(日)桜田門外の変
 1861-65年(米)南北戦争
 1868-69年(日)戊辰戦争
CAWのM1851NAVYは実はかなり前の製品で、入手するのに
時間がかかった。
それでも入手したかったのは、上記の年表に関係してくるから
である。
1854年のペリー来航時に、徳川将軍へのおみやげ品として、
このM1851NAVYが数丁渡されたのだが、そのうちの1丁が
水戸藩に渡り、それをコピーした銃で行なわれたのが、
桜田門外の変なのである。
当日は吹雪で火縄銃ではどうにもならない天候であったが、
パーカッションの銃ならば使用可能である。
剣の腕前には自信のあった井伊直助でも、この近代的で威力の
ある銃(コピー品の性能は実際は??だが)で一撃されたら
ひとたまりもなかったであろう。

ここで、コルトが日本史の重大事件に登場する。

水戸藩のコピー銃、最近になって日本人のコレクターがその
存在を公開したが、「大阪のコレクターって?」と思った
ら、やはりお宝鑑定団でおなじみの澤田先生であった。
その話の中に「材質は銀」とあるのだが、強度的に問題が
なかったのだろうか?

これだけ混乱した日本であるから、英国や米国は武力で・・
となりそうであるが、当時の船舶の輸送力問題もあるが、
英国はセポイの乱(実はこの戦争も発端は銃なのが皮肉)
米国は南北戦争・・となれば、どうしようもなかったのだろう。
結果として、「日本は相手国の事情に救われた」ことになる。

それにしても、米国の南北戦争終結で余剰になった銃はどこに
行ったのか?もっと日本に入ってきていても良かったのでは
ないか?
興味は尽きない。 

その後の日本の歴史に出てきた拳銃は?

Coltgun6_20130706
 S&W No.3を経て、自国生産の拳銃は1893年

その後の日本は、やはりS&Wの拳銃が主流で、スコフィールドになる
前のNo.3フレームが海軍で採用になった。
そして、その一部機構を参考にした26年式拳銃が制式になった
のは1893年のことであった。

隣の国の主流の拳銃が、日本ではまったく出てこないというのは
ある意味で面白いことである。

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