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2014.12.20

日野熊蔵という人

ダックス以降、模型以外の話が続く。

というか、日野熊蔵という人についてはちょっと前から調べていたのだ。

Sat4_20141220
 きっかけは「坂本竜馬の拳銃」

私はミリタリーマニアではない。
しかし、数年前から「日本軍の拳銃」の不思議な歴史を調べてきていた。
=>坂本竜馬の拳銃はなにか?が関係している。
それを調べるために購入した「Japanese Military Cartridge Handguns 1893-1945」
一番初めが26年式(この銃からして実に不思議)なのだが、2番目は南部自動拳銃・・
あれ?「日野式自動拳銃」・・え?
なんと、あの有名な南部自動拳銃の前に出ているのである。
そのときは「風変わりな拳銃だな」と思って終わってしまったが、のちに他の方面で
調べ物をしているうちに興味が沸いて来たのである。

Sat5_20141220
 日本の航空史に「断片的に登場する日野氏とは?」

NF文庫の「戦後日本民間航空のあけぼの」という戦後の民間航空会社の
話の第一章に「日本の無尾翼機開発と島飛行士」という話が出てくる。
戦前の話なのに?と思っていると、のちに戦後航空史にも関係する伊藤音次郎氏
や島飛行士とともに「茅場製作所に出入りしていた日野熊蔵氏に無尾翼機の具体案
を依頼した」とあるのである。
ここで「日野氏は、1910年12月に徳川大尉とともに日本における初飛行をした、あの
日野大尉である」と書かれている。

なんとなく聞いたことはあるが、画期的なことをした”はず”の人なのに、あまり
聞いたことがないな?と思い興味が出てきた。

さらに「中島知久平伝」では、ライト兄弟より発想したのは早かった二宮忠八氏、
自作グライダーで「日本初飛行」の奈良原男爵(この話は本になっている)話と
ともに日野大尉のグラーデ機の話が出てくる。

ここまでくると「もっと詳細を知りたい!」という思いは強くなった。

そして「日野熊蔵伝」を入手することが出来た。
この本、日野熊蔵氏の郷里(人吉)である熊本の方が執筆・出版した本で、
初版は1977年で、その後2度ほど再版されている。

この本の内容については、読んでいただくのが良い(今は古本でしか買えない
のが惜しい)と思うが、薩摩藩と熊本藩の間にあった「人吉藩(相良藩)」の話から
始まり、代々木練兵場での「日本の空を始めて飛行」までの詳細の歴史、
そしてなによりも「昭和30年代にご存命だった徳川好敏氏、「日野式一号機
(日本初の国産機(飛行は出来なかった)を製造した林田好蔵氏の孫の林田
哲夫氏提供の資料(ちなみに、その工場の場所にはプレートがある))、
伊藤音次郎氏(他にも大勢の方の記事がある)に直接取材した内容はすばらしい。

この本のおかげで、
・まずは国産飛行機(奈良原氏、日野氏など)を作ったが浮揚しなかった
・徳川大尉、日野大尉が航空技術と飛行機購入のために渡欧し、
 どのような活動をしたか。
・代々木練兵場における1910年(明42)10月末~12/15の事実
・そして「日野式自動拳銃とハリー・エル・ダービー氏の著書」との関係
などが良く判った。

さて、その日野式自動拳銃である。

Sat6_20141220
 困ったときの「頑住吉氏の製品」

本で見るだけでなく、「実物の形をしたもの」を手にしたいものである。
苦労して、頑住吉氏の製品を入手。
入手してからも、曲がっているのを直そうとしてボッキリ折って(涙)修理する
などの苦労を経て、どうにか構造を理解出来た。

Sat7_20141220
 南部式自動拳銃と日野式自動拳銃、並べてみてしみじみと

実は南部式も陸軍正式にはなっていない。
(海軍はのちに青島上陸作戦のために大量購入)
南部式は1902年、日野式は1903年なのに掲載順が逆なのは面白い。
「Japanese Military Cartridge Handguns 1893-1945」の著者はHarry L.DerbyIII
&James D.Brownという方なのであるが、ハリー氏はこの日野式自動拳銃に
ついて調査をしているときに、「日野熊蔵伝」の著者の渋谷 敦氏と知り合い、
情報を共有したことが書かれている。
すばらしいことに、この”米国の本”に、日野熊蔵氏と飛行機の話が2ページも
紹介されているのである。
この本は、初版が’70年代なので、「日野熊蔵氏は日本より先に米国で広く
紹介された」ということになる。

それにしても、同じ年代の拳銃でこの両者を比べれる「やはり南部式が
実用的」と思うのは私だけだろうか?

Sat8_20141220
 本のおかげで、日野式自動拳銃のなぞが氷解

日野式自動拳銃はブローフォワード式という”世にも変わった方式”である。
普通の自動拳銃は、スライドが後退して排莢するのであるが、この拳銃はなんと!
バレルが前後して排莢するのである。
となると、、どうやって初弾を装填するか?なのであるが、バレルを引っ張って
行うのは「暴発したら自分の指を打ちぬく」ことがあるからである。
(注:日野氏は事故で親指を撃っている)
「日野熊蔵伝」の付録の平成6年2月5日の人吉新聞の記事に「三重県の旧家の
納屋で見つかった17丁の日野式自動拳銃('92年に見つかり、その後の経緯は
月間Gunやハリー氏の著書にも出てくる)」に「この拳銃は片手で振るだけで初弾
装填」とあるのだ。
なるほど、それで.32ACPという小口径にしては長銃身(重くして遠心力を利用)
なのか・・・と納得した。
でも、それも「ロックがうまくいかないと暴発では?」という疑問が・・・
(注:日野氏は職工が組立て中に暴発させて背中から腹部を貫通・・)

代々木公園には、徳川氏と日野氏の胸像が日本航空界草分けとして
並んで立てられているとのことである。
いずれは見に行ってみたい。

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